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書評-炭素文明論「元素の王者」が歴史を動かす 佐藤 健太郎

 

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有機化学って何?の方から製薬メーカーケミストまで楽しめる一冊!

 

今年読んだ科学系の本では“ヒトはなぜ太るのか?そしてどうすればいいか-ゲーリー・トーベス”が断トツだな、と思っていたが、今回紹介する炭素文明論は全く趣旨が異なるものの、年間ベストに選びたくなるほど面白く読めた。

 

著者の佐藤健太郎さんは元製薬メーカーの研究者で、ケミストの方であればかなりなじみ深い方、らしい(ぼくは薬理出身なので、名前を知ってたり、時々Twitterを見るぐらい)。

 

ぼくも医薬品クライシスは購入して読んだし、創薬科学入門は立ち読みで充分と思ってしまい、ふ~ん、文章が少し上手なケミスト出身の方か、ぐらいに思っていた(本当に著者には申し訳ない)。

 

ところが、本書はこれまでの作品とは比べ物にならないぐらい壮大な話で著者があとがきで書いているように“化学に対する関心の低さを、少しでも改善したい”という願いは叶うのではないかいう意気込みが感じられる。

 

話はグルコース一つとっても大きな歴史の中でのグルコースが万能薬として考えられていた時代から我々が現在良く口にする人口甘味料まで“歴史的に”話が及ぶ。そしてその中で面白いトリビアがちりばめられている。

 

スクラロース1967年に初めて合成された。これを作った研究員はまだ英語に不慣れで、教授がその化合物をテスト(test)してくれと指示したのを味見(taste)と聞き違え、舐めてみたら驚くほど無害であった”

 

最近は甘みの受容体、いわゆる”taste receptor”が発見されて、この受容体が実は舌のみでなく腸管などにまで発現していて何してんの?というのが一つの生物学的なトピックスになっているが、著者によると、甘味を感じされる物質は構造的に似ても似つかない化合物ばかりだという。taste receptorなんかでは説明できない甘味のシグナルがあるのであろう。

 

その他、日本人になじみ深いうま味成分グルタミン酸、ニコチン、カフェイン、エタノールまですべての章に面白い話が及ぶ。

 

すごい科学者だな、と感じたのは9章のニトロで登場したハーバー=ボッシュ法でお馴染のノーベル賞受賞者、ハーバーさん。

 

世界の食糧危機を救った化学反応を見つけた後に、この化学反応でできるアンモニアが戦争の爆薬に必要な硝酸を作ることに使われる。熱烈な愛国者であったハーバーは数々の毒ガスを開発し、使用法を指揮することまでした。妻のクララはこの非人道的な行為に抗議して自殺する。ハーバーはそれでも毒ガスの開発から手を引くことはなかった。ハーバーはユダヤ人であったが、結局自身で発見した毒ガスが最後にはアウシュヴィッツの強制収容所で用いられ、彼の親族を含む600万人のユダヤ人の命を奪うことになる。なんて複雑で残酷な人生を送った化学者だろうか。

 

本書の最後は炭素が握る人類の未来ということで、カーボンナノチューブや将来へのエネルギー革命に向けた期待まで書かれている。個人的にフルカーボンのロードバイクを愛する一人として、以下の数値は、やっぱりカーボン最高!となる。

 

“欠陥のないカーボンナノチューブを作れたら、1センチのロープで1200トンの重量を釣りあげられる計算になるという”

 

 もちろん、エネルギーのところも良く耳にするシェールガスメタンハイドレートといったトピックまで明快に書かれており、素人にもへ~、そういうことだったのか、と理解しやすい内容だ。

 

まとまりのない書評になってしまったが、最初に述べたとおり、有機化学って何?の超文系の方から製薬メーカーケミストまで楽しめる一冊ということで、万人におすすめできる一冊である。著者の専門外の歴史を炭素の視点で描くという発想と、ここまで調査しつくした完遂能力に脱帽であった。有機化学バンザイ!

 

炭素文明論 「元素の王者」が歴史を動かす (新潮選書)

炭素文明論 「元素の王者」が歴史を動かす (新潮選書)